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電気の歴史【その2】(日本編)

電気の歴史

2020/09/07

平安時代~江戸時代

奈良時代

奈良時代初期に編纂された「続日本紀しょくにほんぎ」の中の和銅6年(西暦713年の所に「近江おうみ国より慈石を献ず」との記述がある。また日本三代実録巻16の869年に、今と同じ東北地方を15mの津波が襲った貞観地震の記述がある。
これを無視した福島第一と、重視した女川では1142年後に結果が表面化。
一方は住民が住めない核事故を引き起こし、一方は津波から逃れる住民が避難先とした。

江戸時代

江戸時代の1776年、平賀源内がオランダから持ち込まれた電気ショック治療する「まさつ起電機」(今でいうAEDのようなもの)を修理して"エレキテル"と名付けた。
ただし原理は解っていなかった。

明治時代

産業革命で強大な国力を持つに至った欧米に追いつくのに必死な時代だった。火力(石炭と水力による大量なエネルギーの確保、鉄道による大量輸送、電信による通信の超高速化(それまでは郵便)で、時代は一気に進んだ。

  1. 通信の高速化、手紙から電信(即時)へ
    明治2年、東京~横浜間に電信用の電線を架設、明治8年には長崎~函館間が開通した。
  2. 海外からの海底ケーブルの敷設(1871年-明治4年)
    欧州(特に大英帝国と呼ばれるイギリス)各国や米国は自国の勢力範囲(植民地)を広げるため、先を争って南米・アフリカ・オーストラリア・南洋諸島・アジアへと海底ケーブルを延ばし、最後に残った先が日本だった。
    列強が狙う中、デンマークの通信社がインド洋廻りの上海からと、シベリア経由のウラジオストクの2系統で明治政府が首都東京へは許可しなかったため、長崎の出島にケーブルを揚陸した。
  3. 1872年(明治5年)明治政府は関門海峡にケーブルを敷設。
    これで東京と欧州米国間は電信でつながった。岩倉使節団(明治4年~6年)も本国との連絡に利用した。
    1906年(明治39年)には東京~グアム島間が開通。対米電信サービスが始まった。

産業用電気事業の始まり

日本初の水力発電は1882年(明治15年)幕末の薩摩藩主、島津斉彬なりあきらは工業近代化を図る「集成館工場」を作り動力源としてダムを造り発電、店を照明したとあるが、実用には至らなかったのか資料は残っていないため、一般に日本初は記録が残る1888年の三居沢さんきょざわ発電所と言われている。

1882年(明治15年)日本初のアーク灯点灯と火力発電

電気の力を宣伝するため大倉財閥の大倉喜八郎が中心になって可搬形発電機を使い、銀座で日本初のアーク灯で街路を照らし、ガス燈とは比べものにならない明るさに人々は驚嘆した。その後、近くの茅場町に火力発電所(日本初)を作り、1887年から直流送電(まだ交流はできなかった)を開始。これが日本の火力発電第一手となり、今の東京電力となる。

1888年(明治21年)日本初の水力発電

三居沢発電所.jpg
三居沢発電所
出典:Wikipedia

東京で電気照明の明るさを見た宮城紡績 は自社工場照明用に既存の水車に発電機(5kw)を組込み、発電を開始。日本初の水力発電所となり、現在の東北電力三居沢さんきょざわ発電所(最大1000kw)となった。

当時の発電所.jpg
当時の発電所内部
出典:power-academy.jp

1891年(明治24年)日本初の商用発電 琵琶湖疏水を利用し売電目的で、出力150kwの商用水力発電所(世界で2番目)の蹴上発電所が京都に作られたが、電気を使う産業がなかったため、代わりに 1895年から日本初の電車(京都市電)を走らせた。開業時の経緯からレール幅は狭軌と2種類の広軌があった。(計3種類)

関東50Hz、関西60Hzのいきさつ

明治時代後半に起きた東京電燈と大阪電燈の直流・交流論争がキッカケである。
直流送電を行っていた東京電燈が供給量増大のため、浅草火力発電所に交流50Hz3KV265KVAの発電機を導入。1893年(明治26年)に運用開始した。
一方1888年(明治21年)に設立された大阪電燈は当初から米GE製60Hz仕様の発電機を採用した。この2社を中心に各地の電力供給が集約されていった結果、関西60Hz関東50Hzとなった。境界線は糸魚川と静岡県の富士川を結ぶ線上である。
周波数が違うことは両区間を直通する鉄道にとっては大きな問題であり、東海道新幹線は全線60Hz専用車両が走り、上越線は50Hz、北陸新幹線は50,60Hz共用で碓氷峠の急勾配も登れる専用車両が走っている。台風19号で水没した車両の代わりは新たに作るしかない。

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